だからわざと右手を差し出しました。握手はせずに張り手をしてくるだろうとわかっていたから。
しか がたくさん、しかたない
しかし しかだらけ。
しかい に しか が。
しか が 歯科へ行く。
しか が 司会者。
しか が しかめっつら。
けしからん(笑)
しか しかいない!!
(via petapeta)
いや、本当、スキル持ってる人に「出来るから」って理由で見返りも無いのにぽいぽい仕事振って疲弊させるのはやめようよ。そういうことしてると「スキルを持っている事を隠す」インセンティブが働いて、誰も彼もが実力を隠して仕事をする事になり大変不幸。
—Twitter / yunyundetective (via key0901)
(Source: katoyuu, via konishiroku)
神社の中枢は「空っぽ」なんです。その可能性に対して拝んでいるということです。
—原研哉氏トークイベント採録(1/5) | くらしの良品研究所 | 無印良品 (via shunta) (via tra249) (via exposition) (via konishiroku)
(Source: magicalnaturetour, via y1s)
51 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2006/05/26(金) 20:58:52 ID:KQFLOVR2
小1の秋に母親が男作って家を出ていき、俺は親父の飯で育てられた。
当時は親父の下手くそな料理が嫌でたまらず、また母親が突然いなくなった
寂しさもあいまって俺は飯のたびに癇癪おこして大泣きしたりわめいたり、
ひどい時には焦げた卵焼きを親父に向けて投げつけたりなんてこともあった。
翌年、小2の春にあった遠足の弁当もやっぱり親父の手作り。
俺は嫌でたまらず、一口も食べずに友達にちょっとずつわけてもらったおかずと
持っていったお菓子のみで腹を満たした。弁当の中身は道に捨ててしまった。
家に帰って空の弁当箱を親父に渡すと、親父は俺が全部食べたんだと思い
涙目になりながら俺の頭をぐりぐりと撫で、「全部食ったか、えらいな!ありがとうなあ!」と本当に嬉しそうな声と顔で言った。俺は本当のことなんてもちろん言えなかった。
でもその後の家庭訪問の時に、担任の先生が俺が遠足で弁当を捨てていたことを親父に言ったわけ。
親父は相当なショックを受けてて、でも先生が帰った後も俺に対して怒鳴ったりはせずにただ項垂れていた。
さすがに罪悪感を覚えた俺は気まずさもあってその夜、早々に布団にもぐりこんだ。
でもなかなか眠れず、やっぱり親父に謝ろうと思い親父のところに戻ろうとした。
流しのところの電気がついてたので皿でも洗ってんのかなと思って覗いたら、
親父が読みすぎたせいかボロボロになった料理の本と遠足の時に持ってった弁当箱を見ながら泣いていた。
で、俺はその時ようやく、自分がとんでもないことをしたんだってことを自覚した。
でも初めて見る泣いてる親父の姿にびびってしまい、謝ろうにもなかなか踏み出せない。
結局俺はまた布団に戻って、そんで心の中で親父に何回も謝りながら泣いた。
翌朝、弁当のことや今までのことを謝った俺の頭を親父はまたぐりぐりと撫でてくれて、俺はそれ以来親父の作った飯を残すことは無くなった。
親父は去年死んだ。病院で息を引き取る間際、悲しいのと寂しいのとで頭が混乱しつつ涙と鼻水流しながら
「色々ありがとな、飯もありがとな、卵焼きありがとな、ほうれん草のアレとかすげえ美味かった」とか何とか言った俺に対し、
親父はもう声も出せない状態だったものの微かに笑いつつ頷いてくれた。
弁当のこととか色々、思い出すたび切なくて申し訳なくて泣きたくなる。
人間は、蓄積がモノを言う。
その道10年の奴と、今期から手を出しました、では勝負にならない。
新卒と、ベテランに同じ戦力は求めない。
歩いてきた道は嘘をつかないし、知っている道は早足で抜けることが出来る。落ちた落とし穴は2度目以降は警戒する。
これは、「貯めてる奴が、貯めてる分野では強い」という当たり前の話であって、じゃあ若者は勝負にならないかというとそういう話ではない。
「貯める気がある奴が強い」
若者だろうが、今まで蓄積が無かろうが「貯める気があればどこまでも蓄積されていく」。
教える側からすれば、
貯める気のある奴には、突っ込んでモノを教えるし、考え方を教える。
貯める気の無い奴には、近道と結果だけを出す方法しか教えない。
教える方だってコストが高いんだから、蓄積する気の無い奴を相手にしてられないわけだ。
教えてもらう側もこれは一緒だ。
教えてもらう側になった時は「蓄積する気がある/ない」を明確にするのがいい。
蓄積する必要がなければ、単純な手順だけ覚えてショートカットすればいい。
蓄積する必要があれば、仕組みと考え方を理解しないといけない。
それが明確なら教える方のコストだって明確だ。覚える気のない相手に、懇切丁寧に教える必要もなくなる。
(大事な事なので角度を変えて2回書きました)
世の中の、やる事、やれる事の量はもう、とんでもないので。
すべてを覚える事は不可能だ。
ただし、何かをやろうとしたら、自分が出来ない事を出来る人の世話には必ずなる。
自分にない蓄積をしている人はリスペクトしたい。
新卒と、ベテランに同じ戦力は求めない。
歩いてきた道は嘘をつかないし、知っている道は早足で抜けることが出来る。落ちた落とし穴は2度目以降は警戒する。
これは、「貯めてる奴が、貯めてる分野では強い」という当たり前の話であって、じゃあ若者は勝負にならないかというとそういう話ではない。
「貯める気がある奴が強い」
若者だろうが、今まで蓄積が無かろうが「貯める気があればどこまでも蓄積されていく」。
教える側からすれば、
貯める気のある奴には、突っ込んでモノを教えるし、考え方を教える。
貯める気の無い奴には、近道と結果だけを出す方法しか教えない。
教える方だってコストが高いんだから、蓄積する気の無い奴を相手にしてられないわけだ。
教えてもらう側もこれは一緒だ。
教えてもらう側になった時は「蓄積する気がある/ない」を明確にするのがいい。
蓄積する必要がなければ、単純な手順だけ覚えてショートカットすればいい。
蓄積する必要があれば、仕組みと考え方を理解しないといけない。
それが明確なら教える方のコストだって明確だ。覚える気のない相手に、懇切丁寧に教える必要もなくなる。
(大事な事なので角度を変えて2回書きました)
世の中の、やる事、やれる事の量はもう、とんでもないので。
すべてを覚える事は不可能だ。
ただし、何かをやろうとしたら、自分が出来ない事を出来る人の世話には必ずなる。
自分にない蓄積をしている人はリスペクトしたい。




